雑記帳。

人に言うほどじゃない思い付きを出来るだけ記録するトコロ。つまりぼくの追加記憶容量の一つ。

保険なんて要らない要らない!!無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!

tottori-hoken.com

ぼくは保険不要論者なのだが、妻は超の付く心配性なので、保険の煽りに負けて少額の保険に入っている。(精神安定代と思っている)

保険会社というヤツは、やたら人の不安を煽る。それが超が付くほどムカつく。

保険の営業って良い給料貰っている人が多いが、それは主に不安を煽って集めた金から払われているはずだ。(運用益なんて知れてるに決まっている)

 

そこで、いちいち、上記のサイトの一押しを潰して行くので、保険屋や保険信者は回れ右。

 

①払い込んだ保険料のうち、使わなかった分は戻ってくるような医療保険もあるのです!!

↑使わなかった分?全額戻るってこと?違うだろ。意味不明だわ。

 

②8万円払って合計1万8百円返ってくるということは、利回り13.5%!!

↑10,800円貰うために80,000円払うんだってば。利回りじゃねーよ。もはやクレイジー

 

日本の医療制度では医療費だけしか保障してくれません。

入院したときの部屋代や、食事代はもちろんのこと・・・

家族の人手が減る分だけ外食費や保育費、クリーニング代なども増えるでしょう。

また長期で入院すれば、収入も減って大打撃です。

しかも看病する人の時間も削られるので、そこからの収入も少なくなります。

後遺症が残って、仕事が十分にできなくなったらどうしますか??

そういえば、お見舞いに来てくれた人たちへお礼もしなければいけませんね。

<長いので中略>

介護のお金は、いったいどこから出しましょう??

自分が面倒を見るのであれば、仕事を辞めるという選択肢も出てきます。

↑長々と色々不安を煽ってきてるが、部屋代の追加分なんて、大体1年間の払込分に満たない額。ほとんどの場合、半年分くらいで十分。家族の外食費やらクリーニング代、見舞いのお礼なんて保険から出ないよね?

失業への保証は会社員であれば失業保険があるし、そもそも失業や収入への対応はオプションの場合が多いので、これまた保険料が増えるだろ。

 

したがってこれからさらに、医療費の自己負担額が上がる可能性があるのです!!

↑うん。これはわかる。でも、ここでの自己負担額は主に少額の医療費の自己負担の話だよね。それが上がるから高額医療費控除も上がるっていうのは飛躍。

 

しかし保険って、本当に入りたいときには入れないのです!!

↑これもわかるが、以下の末文が問題

健康な若いうちに安い保険料で補償を持っておくことは、実はとても大切なことなのです!!

はいここ。例えば月1万を大卒の22歳から払い続けた場合、30歳までの8年間でなんと96万円!!

デカ目の入院2発分くらいの金額を持っていかれる。そして、30歳までに入院を2回する確率ってどの程度?ちなみに、1回入院すると保険料が上がるケースもあるし、1度目の入院から一定期間を置かないと保険代って出なかったりする。

 

正解は、健康な若いうちに保険の煽りに負けない貯金計画を立てること。でしょう。

 

ここからは駆け足で論破。

 

医療保険に入らない人も、自動車保険には入ります。

その理由は「もし人をひいたとき、何億という賠償を払えないから」という理由です。

 しかし極論を言うと、自動車保険に入っていなくても健康であれば何とかなります。

一生働いてお金を返し続けるか、服役することで罪をつぐなうことは可能なのです。

 でも病気になって動けなくなってしまえば、本当に何もすることができません!!

→は?そんな極論言いたいのなら、その状態になったら早く死んだら?

 

しかし私の経験からいうと、貯金がある人ほどいざというときに使うのをためらいます。

なぜならこれまで一生懸命に貯めてきたものなので、それを崩すのは惜しく感じてしまうのです。

お金のことを気にせず治療に専念できることは、早期回復の大きな手助けになりますよ。

→お前らは保険料支払うのためらうだろうが。自分の金のほうが簡単に使えるし、結局どの治療を選ぶかは保険金の有無は無関係。

 

しかしそもそも保険は、助け合いの精神(相互扶助)で成り立っているものです。

なので加入者の中には必ず、得する人と損する人が出てきてしまいます。

大きな病気をしなかった人は、病気になって困った方に自分の保険料が回ったと考えてはどうですか??

→何この無理やりな落とし方。そんな事言うなら、保険自体要らなくて寄付で何とかしたら??

 

しかし月10万円程度におさえられると言っても、それが毎月続いたらどうでしょう??

実際に私のお客さまでガンになり、抗がん剤治療で毎月10万円を払っている方がいますよ。

その方は満足に働けず収入も少なくなったので、保険金はありがたいと言っていました。

→はあ。じゃあ保険入ってるとずーっと治るまで毎月保険金出してくれるんですよね?って話になるよね。でも実際は6ヶ月とかしか出さないでしょ。そこもちゃんと言えよ。

 

 

 

 

 

 

 

リュック通勤に物申す人々に物申したい

www.nikkei.com

最近通勤にリュックというスタイル。ここ数年で一気に増えた。

火付け役はノースフェイスのシャトルパックだろう。

 

ぼくはリュック通勤歴10年を超えるちょっとしたベテランである。

当初、リュックになるビジネスバッグはグレゴリーの3WAYとポーターのタンカー3WAYくらいしか無かったように記憶している。どちらも、ナイロン感が強すぎるという事で、ぼくは必死に探した合皮のリュックを1年半サイクルで2回買い替えた。

その頃は、電車でリュックを前に背負う文化は無かった。しかし、ぼくが沖縄から帰ってくると、世の中は通勤リュック大ブーム(震災後じわじわ増えたとか)、電車では前に背負うという謎のルールが生まれており、困惑したのを覚えている。

なぜ前に背負うのか調べたところ、背中だと後ろの人にぶつかっても気付かずトラブルになり易いいう理由だった。確かに、そこそこ余裕のある空間では意味があると思うが、満員電車の時には前だろうが後ろだろうが邪魔なものは邪魔である。満員電車では足元のほうが比較的空間があるので、リュックは持って立つように指示すべきだったと思う。だが、それだと持ち手が無い(または貧弱な)リュックはどうすればいいのか?という自分で考えろ的な質問が出たり、手が下にあるために痴漢を助長する可能性があるなどの理由で前になったのではないかと思う。

書類全部持ち歩いてんじゃないかというデカイPCバックや、持ち主を離れやたら自己主張してくる革トート、野球部のやたら多い荷物、場合によってはスーツケースで満員電車に乗らざるを得ない人もいるので、リュックだけが邪魔というわけではないのだが、異常繁殖したリュックが邪魔の元凶という印象になっているのだろう。

さて、前でもダメ、下でもダメとなると、もうスペースは上にしか無い。

そこで、ぼくが苦肉の策として考えた、ダミエ状の網棚を鉄道各社に提案したい。

網棚は座席の上にしか無いことで、スペースが限られている。選ばれし者のみが網棚に荷物を乗せる事ができる権利を得るのであるが、これが全体に、市松模様状に広がっていれば、色々なところから乗っけたり降ろしたりできる。逆サイドから押されて落下、逆サイドから荷物をひったくりというリスクはあるが、収納スペースは格段に増えるはずである。また、爆発物を中央上部に置かれると被害が最大化するというリスクもあるが、それだけに乗客の連帯感や危機意識を高める事に繋がる可能性もある。

まあ、この問題を解決したところで、雨の日は傘が邪魔だとか、ポニーテールが邪魔、本を読む肘が邪魔など、自分のスペースに入るものは好みの異性以外ほぼ邪魔な事に変わりはない。何なら、話し声がうるさい、音漏れがうるさい、咳やくしゃみをするななど、もはや電車に乗るなら俺の気に障る事はするなよというような勢いの方もいらっしゃる。

本来こんな事でグチグチ言ってる輩は放おっておけばいいのだが、彼らは喚き散らすため対応をせざるを得ない。そういう世の中を覆すのは難しいが、少しづつでも、心の狭い人が生きづらい(=必然的に心を広くしなければならない)世の中にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うどんの一点張り

this.kiji.isもはやうどんが薬物に見えてきて笑えるこの広告。

 

これどっちなんだろう?

A・薬物使用を減少させたくて作った。

B・うどんをアピールしたくて作った。

(第三の回答として、笑いを取りに来た。)

 

もしAなら、薬物やりながら会議したとしか思えない。薬物摂取させられるかどうかという緊迫した状況で、「吸うならうどんがいい!」とか言えないでしょ。キマってうどん愛が溢れないと出ないでしょ。これ。

Bだとした場合、これをみて、「あ!うどん食べたい。」と思わせるよりも、「うどんが頭から離れないよぉ。もううどん食いたくて震えが止まらない。うどん。うどん。うどんどんどん。。。」とうどん中毒にさせようとしているとしか思えないが、残念ながらうどんに依存性は無い(精神的にはあるかもしれないが)ため、あまり効果はないと思われる。

 

香川県が何をしようが別にいいんだけど、こういうのって結構な金額で作成してたりするので、そのお金が回りまわって薬物に使われないことを切に願う次第です。

世の中の情報は全て出典を記載することを法律で義務付けて欲しい

genesiscom.jp

business-textbooks.com

spicomi.net

buzz-netnews.com

さっきミーティングで、ミレニアル世代の特徴は・・・なんて言い出し、どこの馬の骨とも知れないWEBページをプリントアウトしたものを持ってきた輩がいた。

みんな「ふんふん。」とか言いながら、このプリント有りきで話を継続してるのを見て思ったんだけど、よく言われてるこの世代の特徴ってソース何なのかな?

これって血液型占いと同じくらい根拠なくない?これ鵜呑みにするならO型の人向けのマーケットばっか探せばいいよ。超簡単そうだもん。O型。あと、獅子座。

なので、獅子座O型のバブル世代はカモです。該当する方はお気を付けを。

「もったいない」に支配される

ぼくは楽天のヘビーユーザーである。

お買い物はアマゾンと比較して圧倒的にアマゾンが安いケース以外は楽天で買う。

旅行は一応メタサーチで検索するが、国内の宿泊であれば楽天より安いケースは比較的少ないので、大抵楽天で買う。海外は諦めている。

なので、楽天ポイントが貯まる。それをまた買い物に回す。完全に思う壺であるが、

お互いにwin-winの思う壺だと思っていた。3月31日までは。

楽天には期間限定ポイントというやつがある。決まった期間内に使わないと消滅しますよというポイントだ。

来る3月31日。ぼくの手元には今日までしか使えない期間限定の1207ポイントが手元にあったが、欲しいものが何もなかった。このままでは1200ポイントが無駄になってしまうと思い、焦り、欲しいものを探すが、1200円で買えるもので欲しいものは出てこない。あと3時間でポイントが消滅する・・・あと2時間・・・あと1時間・・・あと30分・・・ああ、もうダメだ。。。

結局ポイントは消滅した。その時、この期間限定ポイントに踊らされ、ウオッチリストに追加した訳のわからない商品の山を見て、「もったいない」の感覚が持つ魔力を実感した。靴の中敷き・変なヘアバンド・健康器具・腹筋ローラー・スマホケース・シリコンの小銭入れ・・・どれも1週間も立たずにゴミになるものばかりだ。

 

今ぼくのメルカリには970円の売上金がある。5月末で消滅する。

メルカリにも970円で買える欲しいものは無い。踊らさせられないように気をつけたい。

が、メルカリはぼくのモノを売って得たポイントなのに、消滅される意味がわからない。早くもっとユーザー目線の同様のサービスが出て、メルカリは潰れて欲しい。

もう電子マネーだけで(ほぼ)イケる世の中になってた

昨日日帰り出張があり、午前中に東京駅を出た。

道中お弁当を食べようと思い、コンビニで購入。

会社から歩いて改札に向かうまでの間にスマートEXで乗車券特急券を購入。

モバイルスイカでチェックイン。

現地について、打ち合わせまで少し時間があったのでスタバでパソコンを開こうと思い、ドリンクを買おうとしたところで、「あれ?おれ今日財布どこに入れたっけ?」となった。大阪出張なので、いつもより荷物が増えることを想定し、いつものキャパ狭TUMIからノースフェイスのリュックに荷物を移していたのたが、財布を忘れた。

ダメ元で電子マネーを使えるか聞いたところ、「ごめんなさい~。」とかわいい店員さんに可愛く謝られたので笑顔で許した。

仕方がないので、近くのドトール電子マネーで支払い、打ち合わせを1件終え、また少し間が空いたので、今度はプロントで時間を潰した。

仕事が終わったのが21時過ぎだったので急いで駅に向かう。途中同様にスマホから新幹線を予約。お土産物屋で土産を買い、キオスクでお弁当と水を買ってどちらも電子マネー払いを済ませ、乗車。終電ギリギリで無事帰宅。

万が一終電に間に合わなかったとしても、サイトからホテルの予約も出来る。ホテル近くのコンビニでは電子マネーで支払いが出来るはずだ。

中小規模の飲食店などはまだまだ支払えないかも知れないが、別に行かなくて困ることはない。もはやスマホ一つでほぼ不自由なく過ごせるのだと実感した。

打ち合わせの合間にスタバを使うケースは多いのでスタバだけが残念だったが、スタバじゃなくて困ることはない。

こうなってくると、もはや財布を持ち歩くのは面倒なので、クレジットカードや、IDの類も全部スマホに収まって欲しい。それも、出来れば端末に依存するのではなく、クラウドで。

その場合にはどのクラウドサービスが安全なのだろうか。クラウドの安全性もしっかり確認しておきたい。

 

広い心とは

www.kotono8.com

LINEのタイムライン的なやつに「ホーリーから、人生のちょっとしたアドバイス」というやつが流れてきた。

すごくひねくれた性格のぼくは、こういうの見ると「はいはい。スパムね。うざ。」と思ってしまう。

こういう美談を否定しても何の得も無いのでしないが、いや、するんだが、こういう話はそもそも創作感があって大嫌いだ。リアルなものもあるだろうが、リアリティがない。そして、説教臭い。毎日を大切にしようとか、知ったことかと。大体みんな絶対死ぬんだし、死ぬ人がちょっといい事言ったらやたら感動するの、もうやめようよ。いい事なんて、誰でも言えるって。

それにさ。こういう話撒いてるブロガーとか、、自己顕示欲まみれの人たちばっかりじゃない。

対して、いいね的な事とかシェア的な事とか、挙句の果てには「感動して涙がちょちょ切れました」的なコメント。何なのかな。サクラなのかな。満開なんだろうね。

とか思ってたら、冒頭の「病気のこどもはいなかったんだ」を思い出した。

余裕が欲しい。